穴MAFIA+

まあ色々と適当に。最近では「さわやか工廠」というサークル名で同人誌を出していたりします。

ここ最近のブログ記事には一貫性が殆どありませんが、今回の記事もあまり以前の記事とは関係のない、私が興味を持ったニュースに関するブログ記事になります。

数日前に小林化工という会社から特別調査委員会の調査報告書が公表されました。
調査委員会による調査報告について
https://www.kobayashikako.co.jp/contact/survey_report.php

概要版で135ページという大部ですが、経口抗真菌剤に睡眠薬成分を混入し、死者を含む多数の健康被害を出した同社の製造・開発の現場において行われていた不正や不適切な取り扱い、そして経営陣がそれらを認識していたことが分かりやすく述べられています。健康被害などの概要は、以下のニュースが比較的まとまっています。
睡眠導入剤混入の水虫薬被害 安全性は二の次の販売計画
https://www.sankei.com/premium/news/210314/prm2103140002-n1.html

私は薬学や化学の専門知識が無く、薬事行政にも詳しくないため、詳細は以下のような他の解説記事を読んでもらいたいと思います(流石に承認されていない成分を生産時に使用していたことがまずいことはわかりますが…)が、私が個人的に気になっていた部分についても報告書に記載があったので、そこだけを簡単に説明します。
小林化工・小林社長が会見 申請時の虚偽記載は「特許切れ後すぐ承認が目的」 営利に走った結果
https://www.mixonline.jp/tabid55.html?artid=70975

私が気になっていたのは、小林化工という会社における在庫管理の状況でした。本来ある薬の生産時に使用することのない薬剤を使用した場合、通常であれば本来の在庫と実際の在庫に齟齬が生じるため、今回のように医療現場から異常が報告される前に気づくことができるはずです。

この点について調査報告書によれば、同社の在庫管理システムには実際に製造に使用した(正確には使用前に秤に載せて重さをはかった)薬剤の量ではなく、承認書に記載されている薬剤の量が入力されていました(報告書44ページ)。半期ごとに行われる在庫棚卸の際には当然システム上の在庫と実際の在庫に齟齬が生じますが、「目欠」(在庫の減耗)や「在庫調整」などの名目で適当に処理して実際の在庫に合わせていました(報告書45ページ)。

…せっかく製造の都度システムに使用量を入力するのに、半期ごとにしか正しい在庫量が入力されない「在庫『管理』システム」の存在意義を考えさせられてしまいます。このようなシステムのデータをもとに決算を作成しても、正しい数値が出てくるとは考えにくいです。
このような無法がまかり通っていたのは、小林化工が会計監査人設置会社ではなかったためです。同社は企業概要(https://www.kobayashikako.co.jp/company/outline.php)によれば非上場会社かつ資本金9,800万円で大会社にも該当せず、会計の専門家である公認会計士や監査法人が就く会計監査人は設置されていませんでした。
しかし2020年1月に上場企業であるオリックスの連結子会社になったため、同社の会計監査人(あずさ監査法人のようです)による会計監査(財務諸表監査)の対象となりました。そして同年3月のプレ監査を受けた際に、会計監査人からシステム上の在庫と実際の在庫の齟齬をきちんと調査するようにという当然の指摘を受けました(報告書45ページ)。

それを受けて小林化工では、在庫管理システムに実際の薬剤使用量を入力せよという指示を2020年夏頃に出したようです。しかしこれは徹底されていなかったようで、今回の場合には作業者は従来通り承認書に記載されている薬剤量をシステムに入力しており、混入した睡眠薬成分はもちろん承認書に記載がないので入力は行われませんでした。同社が導入していた在庫管理システムは、薬剤の容器に貼り付けられたバーコードをハンディ端末で読み取り、使用量を入力するもので、バーコードで読み取ると、薬剤の名称やロット番号が表示されるようになっていました(報告書43ページ)。そのため、もしきちんとバーコードを読み取っていれば、睡眠薬の成分を投入しようとしていることに気付くことができたかもしれません。

…もうちょっと早くオリックスの子会社になって会計監査を受け、指示が徹底されていたら今回の事案は発生しなかった可能性があったのではないかと考えてしまいます。もっとも薬剤の混入については、他の作業記録では睡眠薬成分を記録していたにもかかわらず確認されませんでしたので、端末に薬剤名が表示されても気付かない・確認されない可能性もありますし、万が一気付いたとしてもその場限りに対応になって、同社のその他の問題点は何も改善されなかったかもしれませんが。
とはいえ企業会計は企業の活動を可能な限り正確に記録しようとするものであり、会計監査を通じて企業会計を適切にすることは、すなわち業務の適正化や人の命を救うことにもなりうるということを示している事案だと思います。

私は仕事柄監査や検査に対応する機会が多く、どうしても面倒くさいと思ってしまうタイプの人間ですが、今回の小林化工の事案のように監査が不正の発覚や業務改善の端緒になる(もしくはなりそう)な事例も見かけることがありますので、必要性を意識してきちんと対応しようという意識を持つようにしています。

とりとめのない記事になってしまいましたが、最後に私が読んで面白かった粉飾決算や会計不正の本のリンクを貼り付けて終わりたいと思います。

太平洋戦争期に行われたビルマの戦いについては、戦後いろいろな本が出ていますが、日本の書籍では多くの場合旧日本軍が呼称した地名が使われています。
これについて、日本軍はビルマの宗主国であったイギリスがつけた英語地名を日本風に発音して使用していたため、当時から表記に差異があったことに加え、軍政期の1980年代に一部の地名が現代ビルマ風に変更された(国名もビルマからミャンマーに変更となりました)こともあって、当時の地名と現在の地名を結びつけることがやや難しくなっています。
この記事は、なるべくそれらの二つを結びつけようという対照表で、気が向いたときに随時更新していきます。留意点は以下の通りです。
・ビルマ語の地名を正確に日本語及び英語に翻訳するのは難しく、多少の表記ゆれがあることをご了承ください。
・英語表記については、変更が無い場合は「現代の名称」のみに記載しています。
・項目分類はミャンマーの行政区分ごととし、概ね北から順番に並べています。
・各項目内については、「旧称」の日本語名称の五十音順に並べています。
旧称現代の名称
日本語英語日本語英語
1.全般
ビルマBurmaミャンマーMyanmar
イラワジ川Irrawaddy Riverエーヤワディー川Ayeyarwady River
2.カチン州
バーモバモーBhamo
ミイトキーナミッチーナーMyitkyina
3.ザガイン地方域
マニワモンユワMonywa
4.シャン州
5.チン州
6.マンダレー地方域
サジタージThazi
ニャングニャウンウーNyaung-U
メイクテーラメイッティーラMeiktila
メイミョーMaymyoピン・ウー・ルウィンPyin Oo Lwin
7.マグウェ地方域
エナンジョンイェナンヤウンYenangyaung
8.カヤー州
9.ラカイン州
アキャブAkyabシットウェーSittwe
10.ネピドー連邦領
11.バゴー地方域
トングータウングーTaungoo
プロームPromeピイPyay
ペグーPeguバゴーBago
12.カイン州
13.エーヤワディ地方域
14.ヤンゴン地方域
ラングーンRangoonヤンゴンYangon
15.モン州
モールメンMoulmeinモーラミャインMawlamyaing
16.タニンダーリ地方域

最近は新型コロナウイルスの影響で、イベントや旅行が難しくなっていて残念です。
本当はゴールデンウィークや冬のコミケに参加しようと思っていたのですが、残念ながら両方とも中止となってしまいました。
そんな状況なので、今回はちょっとした話をしようかと思います。

PhotoshopやIllustratorで有名なAdobe(アドビ)は、Acrobatというpdfファイルの編集ソフトも出しています。
無料のAcrobat Readerとは異なり、PDFファイルの編集やOCR(文字認識)、ページの挿入、抽出、さらにPDFファイル自体の結合などを行うことができます。
PDFというファイル形式はAdobeが開発しているものなので、いわゆる純正ソフト的な感覚で個人的にはとても使いやすいです。
私は昔購入したスキャナーに付属していたものを長く使っていたのですが、少し前に誤ってアンインストールしてしまい、インストール用のディスクやシリアル番号の行方もわからず途方に暮れていました。
最近のAdobeはPhotoshopやIllustratorなどのソフトを全て月額・年額制(サブスクリプション)で提供しており、そのラインナップにはAcrobat(Acrobat DC)も含まれています。
正直言って継続的に払い続けるのはかなり厳しい金額で困っていたのですが、このAcrobatだけは永続版(買い切り版)が今年の6月に最新版が発売されていたことを以下のブログ記事で知りました。
Acrobat 2020がでている

ブログ記事で知ったことからもわかる通り、Adobeの公式ページには永続版にたどり着く導線がほぼ無い(普通にたどり着けるAcrobatのページにはサブスクリプション版しか掲載されていない)のですが、ページ左下の「すべての製品を見る」から「Acrobat Pro 2020」と「Acrobat Standard 2020」を探すことができます。「Acrobat Pro DC」と「Acrobat Standard DC」はサブスクリプション版なので間違えないようにしてください。
製品内容の詳細や、標準版のStandardと高機能版のProの違い、それにパソコンの必要スペックなどはAdobeの以下のページをご覧ください。私は標準版の機能で十分なのでStandardを購入しました。
Adobe Acrobat 2020 についての FAQ
新機能の概要 | Acrobat Pro 2020、 Acrobat Standard 2020
必要システム構成 | Acrobat Pro 2020、Adobe Acrobat Standard 2020

永続版も決して安い値段ではありませんが*1、Proで4年、Standardで3年以上使えばサブスクリプション版より安くなります。公式サポートも2025年6月までの5年間ですので、サポートを受けながら長く使うことが可能です。
例えばイラストを描かれる方がAdobeのソフトを複数使用する場合は、サブスクリプション版の全部入りプランを使うと思うのでAcrobatの永続版を購入する意味は薄いですが、Acrobatしか使わず、かつ現在使っている機能を末永く使っていきたい、という場合には、永続版も有力な選択肢ではないかと思います。
なお、理由は不明ですが、アメリカ在住者(アメリカにクレジットカードなどの住所がある人)の場合は半額くらいで購入できるようです。詳細はAmazon.comの製品ページなどを参照してください。


*1直前のバージョンであるAcrobat 2017を持っている場合はアップグレード版が少し安く買えます。

タイトルの通り、冬のコミケで本を出します。
スペースは4日目(12月31日(火))の西館、た16a「さわやか工廠」になります。
新刊のタイトルは『歩兵支援火砲概説』です。

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主要各国の歩兵連隊以下に配備された歩兵支援火砲(歩兵砲、迫撃砲、対戦車砲など)について、歩兵支援火砲が生まれた第一次世界大戦から戦間期を経て第二次世界大戦までの装備・編制・運用を概観する本です。
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古代より火砲を含む投射兵器は歩兵支援の任務に投じられてきましたが、歩兵科の部隊である歩兵連隊の編制中に火砲が組み込まれるようになったのは第一次世界大戦中と非常に最近のことです。組み込まれることになった要因は様々ですが、技術と戦術の発達により、歩兵部隊が自ら火砲を用いて敵に対処せざるを得ない状況に追い込まれたと言うことも理由の一つと言えるでしょう。
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第一次世界大戦以降、歩兵部隊が対処すべき脅威が増え続ける中で、歩兵部隊の限られた人的・物的リソースの中でどのような種類の火砲を、どれくらい、どのような編制で組み込むのかというのは、戦間期から第二次世界大戦を通じて(おそらく今でもそうでしょうが)各国軍関係者の悩みの種でした。例えば、装甲が薄い、武装が貧弱と言われる戦間期の豆戦車ですが、小銃では撃破が難しく、機関銃でも確実ではない程度の装甲はありました。そのうえ数が多い(従来の戦車のように重要正面にのみ配備されるわけではない)となれば、歩兵部隊としては何らかの対処法を考えざるを得ない厄介な相手でした。
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第二次世界大戦に突入すると、歩兵支援火砲も新兵器の開発・配備が進みました。特にパンツァーファウストやPIATといったHEAT弾を用いる個人携行可能な対戦車火器の登場は、歩兵部隊に革新をもたらします。
このような変遷を経ながらも、歩兵支援火砲は師団以上の上級部隊の都合や気分で配属されたり引き上げられたりする砲兵火砲や戦車などとは異なり、部隊固有の火砲として常に歩兵のそばにありました。攻撃時には歩兵が直面する障害の排除に、防衛時には重要地点の火制や敵攻撃の破砕に尽力しました。本書ではそのような歩兵支援火砲の装備・編制・運用について、第二次世界大戦の主要参戦国7か国(イギリス、アメリカ、ロシア・ソ連、フランス、ドイツ、イタリアそして日本)の状況を概観した本となります。
なお、本文にも記載しておりますが、実際の歩兵部隊の編成は同じ軍隊であっても多種多様です。本書では、原則として一般的な陸軍歩兵師団に配属される、歩兵連隊以下の標準的な編制の部隊に配備された歩兵支援火砲について扱います。また、フランスおよびイタリアについては第二次世界大戦での各国降伏(フランスは1940年、イタリアは1943年)までを扱います。
また、これも本文中に記載していますが、機関銃も含めた歩兵支援火器について知りたいという方は、Ospreyの『World War II Infantry Fire Support Tactics(第二次世界大戦の歩兵火力支援戦術)』がおすすめです。表紙はキャニスター弾をドイツ軍偵察隊に打ち込むソ連軍の45mm対戦車砲という素敵なイラストです。



この本は私がまとめきれなかった軽重の機関銃を含む歩兵支援火器全般の装備・編制・戦術がわかりやすくまとめられていますが、時代が第二次世界大戦のみ、対象がアメリカ、イギリス、ドイツ、ソ連の4か国のみであるという制約もあります。

今回の新刊は以下の書店さまの通販及び店頭で委託販売していただく予定です。

・とらのあな様
https://ec.toranoana.shop/tora/ec/item/040030800154/

・メロンブックス様
https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=604997

・Hobbymodellbau MAXIM様
http://www.maxim-tank.com//index.php?main_page=product_info&cPath=3_32&products_id=14259


表紙hyoushi2OK-GLI表紙1表紙


当日は、既刊の『現存する日本戦車写真集-3両の「功臣号」編-』『現存する日本戦車写真集-インドネシア編-』『ソ連宇宙往還機「ブラン」試験機 OK-GLI写真集』、それに(悲しいことにRopkey戦車博物館は既に閉館してしまっていますが)『現存する日本戦車写真集 -Ropkey戦車博物館編-』も持っていきます。

冬の寒い盛りで年末(というか大晦日)、かつ引き続き会場が散らばったコミケではありますが、興味がある方や近くを通る方はお体に気を付けつつ是非お越しください。

もうすぐ10月、季節はすっかり秋ですね。
秋といえば皆さん何を思い浮かべますか?スポーツの秋、食欲の秋、そしてもちろん「物鬼の敵撃滅の秋」(読売新聞1944年7月16日朝刊)ですね!...恥ずかしながら、「秋」を「存亡危急の時」という意味で「とき」と読むことがあるというのを初めて知りました…。

戦前から戦後にかけて幅広い分野で活躍したタレントの徳川夢声は、太平洋戦争開戦から終戦後までの日記を『夢声戦争日記』として出版しています。単行本で5冊、もしくは中公文庫で7冊の分量ですが、最近になって戦争末期だけ(『夢声戦争日記 抄―敗戦の記』)や抜粋版(『夢声戦中日記』)と微妙に復刊されています。

大富豪ではないにしても、既に有名芸能人でお金も名声もあり、旧制中学卒業で学も観察眼もあった開戦時47歳の夢声の体験はとても面白いので、抜粋版ではなくフルバージョンをお薦めしたいですが、冒頭の「物鬼の敵撃滅の秋」は文庫本の第5巻、1944年下巻編に登場します。

朝刊でこの記事(正確な見出しは「物鬼の敵撃滅の秋 瀕死『闘魂の一弾』 保身の米兵とは霄壌の差」)を読んだ夢声は憤慨します。日記に登場する某中佐の体験談調の記事の内容はおおよそ以下の通りです。



こちらの航空基地に来襲する米軍の航空機は、海に墜落すれば一瞬だけ機体が浮かび上がって搭乗員は脱出、同時に無線信号とインクで位置を通報、飛行艇が直ちに飛来してゴムボートを投下、その後付近に着水して搭乗員を救出して飛び立つ。これほど命を失うことを恐れる笑止アメリカ軍と比較して、わが軍の兵士は死を全く恐れず、小銃と気迫だけで数でも物量でも勝るアメリカ軍を寄せ付けなかった。



…という論調の記事に対して夢声は、何回でも命が助かって出撃する方が良いに決まっているのだから、日本軍も当然米軍と同じような救助体制が整備できるならばそうすべきである。重要なのは戦争に勝つことであって、命を捨てる勇士を量産することではない、と述べています。
夢声は1937年のジョージ6世戴冠記念観艦式に向かう重巡「足柄」に便乗するなど軍関係の仕事も多かったのですが、1942年11月にシンガポール方面に慰問に行ってから軍への印象が著しく悪化(詐欺同然に日本から連れてこられて、現地の偕行社で将校の夜の相手をさせられているという女性の話を聞いたり、慰問団の女性に同じことをさせようとされれば当然ですね…。)しており、彼の反応に違和感はありません。
ちなみに、学研の『妙高型重巡―欧米列強を刮目させた条約型巡洋艦の奮闘』には、雑誌『陸と空』1937年9月号に掲載された「足柄」でイギリスに行った時の旅行記全文が掲載されています。旅行記では経由地シンガポールについての記述はそっけないですが、日記を見る限り実際はとても感動したようで、1942年に再度訪れた際は、日本軍に占領されてしまったことを残念がっています。

戦後生まれの私にとっても夢声の反応は親和性が高いのですが、せっかくなのでと当時の新聞記事(読売新聞1944年7月16日朝刊3面)をきちんと読んでみたところ、これはこれで別の印象を抱かせるものでした。
実際の記事(そこそこ長い特集記事)では某中佐がいたのはニューギニア、航空基地はウエワクと明示されています。米軍の救難飛行艇は航空基地の高射砲射程外を飛行するため、劣勢な航空戦力で基地自体を1日3回襲撃する戦闘機や爆撃機に対応するのが精一杯の日本軍はこれを追い払えないという戦況です。その後の内容はおおむね日記にあったものと同じ(死を恐れない日本軍兵士の事例はブナ、ラエ、サラモアといったニューギニアの各戦線の患者部隊です…。)ですが、最後の結論は興味深いです。



命を失うことを恐れるアメリカ兵が戦場で勇敢に行動するのは、飛行艇をはじめ自軍の救助体制への信頼があるからだ。その飛行艇を一掃し、鬼神のごとき日本兵の精神力と百発百中の技量で敵に勝利するためにも、航空機の増産が急務である。



自陣営の劣勢を認めて奮起を促すというのはプロパガンダの一手法ではあるものの、結論は夢声の怒りと似ています。あるいは前線の航空戦の劣勢と敵の救命体制の充実をこの目で見た中佐もしくは中佐の名を借りた誰かの心の叫びのような記事だったのかもしれません。
なお、記事には米軍兵士の認識として、たとえ撃墜されても海に落ちれば命は助かる、その後捕虜になっても命は無事だし、捕虜になることは彼らにとって立派な名誉であるとの記載もあります。当時の人たちはこれを読んでどう思ったのでしょう?まあ今でもよくあるように、「よそはよそ、うちはうち」という反応かもしれませんが…。
ちなみにこの特集のサブ記事として室蘭に漂着した米軍の救命艇を分析した文章があるのですが、そちらの見出しは「パンや飲料水まで 笑止・敵の救命筏 漂流品に見るアメリカ兵気質」です。内容は見出しそのままで、米軍の救命艇が救命のための装備や食料を多数搭載する一方、日本海軍の救命艇はいざとなれば敵潜水艦に体当たりするらしいです…。これらの記事を合わせ読んだ夢声が怒るのも無理はありません。
記事を読んだ後でちょっと調べてみたのですが、アメリカ軍を含む連合軍機がこの新聞記事にあるような機能(墜落位置を示すインクや救助無線発信機)を備えていたかはわかりませんでした。インクについては単に墜落時に燃料やオイルなどが漏れ出しているだけ、ということも考えられる気もします。

(2021年4月25日追記)
この記事を書いた当時どのように調べたのか思い出せないのですが、今調べてみたところ救難無線機については英語版Wikipedia(https://en.wikipedia.org/wiki/Survival_radio)などの記事がすぐに見つかりました。
救難発信機としては、1941年にイギリスが鹵獲したドイツのNotsender NS2を元にしたBC-778(帝国戦争博物館の画像はこちら)が開発され、SCR-578という名称で航空機などに搭載されたようです。脱出後に手回し発電機で電力を供給し、周波数500kHzで定型文のSOSもしくは別のコードを発信することができたようです。救助ボートに座って、無線機を足に挟んで発電機のハンドルを回すことができるようにドイツ時代から中央部がくびれており、チャールズ・ダナ・ギブソンが描いた理想的な女性像にちなんで、「ギブソン・ガール」と呼ばれていたようです。
双方向に通信できる救難無線機(サバイバルラジオ)としては、円筒形のAN/CRC-7がありますが、戦中から使用されていたという話(http://greenradio.de/e_crc7.htm)と、戦後からだという話(http://wftw.nl/asr3.html)が混在しておりはっきりとわかりませんでした。
ただし、元の新聞記事では海上への墜落後ただちに飛行艇が飛来したとなっており、救助用無線機を使ったかははっきりしません(墜落時に自動で信号を発信するものではなかったようです)。単に乗員が撃墜前に素早く墜落予定位置を通報した可能性もあります。
なお、上でリンクを紹介した救難無線機に関するサイト(http://wftw.nl/gibsongirl.html)を見ると、ドイツ・イギリス・アメリカの各国軍はこうした海上救難無線機を配備していた(ドイツのものを英米がコピーした)ようですが、イタリア軍や日本軍でも配備していたのかな…?

タイトルの通り、夏のコミケで本を出します。
スペースは4日目(8月12日(月))の西館、け36b「さわやか工廠」になります。
新刊のタイトルは『現存する日本戦車写真集-3両の「功臣号」編-』です。

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中国で展示されている「功臣号」塗装の九七式中戦車に関する写真集です。
国共内戦期の初期に共産党軍が国民党軍から満州で鹵獲した1両の九七式中戦車(47mm砲搭載型)は、貴重な装甲戦力として数々の戦役を戦い抜き、中華人民共和国建国後の天安門での軍事パレードにも参加しました。この功臣号の塗装を施された九七式中戦車が、北京、天津、錦州の博物館で展示されています。パレードに参加した車両は現存していても1両のはずなので、残りは別の車両を塗装したか、車両自体もレプリカということになります。今回の写真集では、これらの博物館に展示されている3両の功臣号の写真をカラーで掲載しています。

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当日は、既刊の『兵器実験隊-その活動と華南の鹵獲火砲-』『現存する日本戦車写真集-インドネシア編-』『ソ連宇宙往還機「ブラン」試験機 OK-GLI写真集』、それに(悲しいことにRopkey戦車博物館は既に閉館してしまっていますが)『現存する日本戦車写真集 -Ropkey戦車博物館編-』も持っていきます。

夏の暑い盛り、かつ会場が散らばったコミケではありますが、興味がある方や近くを通る方はお体に気を付けつつ是非お越しください。

久しぶりに書評でも書きましょうか。
本日紹介するのは、『老兵記』です。


著者は戦車や牽引車などの修理を行う野戦自動車廠装軌修理班の班長で、終戦時は大尉でした。
そんな著者の視点から、1944年のインパール作戦以降のビルマ戦線が描かれます。
なお、本書のうちインパール作戦部分を抜粋したものが、光人社NF文庫の短編戦記集『勇猛「烈」兵団ビルマ激闘記』に「密林機動戦の主役 戦車連隊を救出せよ!」として収録されています。


著者は小樽高等商業学校を卒業したインテリで、第一線の後方で修理を部隊をまとめる一方、崩壊していくビルマ戦線で軍の上級幹部の腐敗や無能とも向き合う必要があり、その怒りは本書の随所から感じられます。

野戦自動車廠装軌車修理班というかなり特殊な部隊を率いていたため、その方面の記述もいくつかあります。インパール作戦の雨季突入後に真っ先に欠乏した物資がバッテリー充電用の硫酸液だったという話や、戦車に比べ野戦重砲を牽引する牽引車は仮設橋や細い道を通る際に直進させるのが難しく操縦が困難という話などは興味深いです。

もちろんインパール作戦の悲惨さは、第一線の後方にいる著者でも十分に感じられるものでした。前線への補充部隊がチンドウィン川を渡ったところで前進も後退もできなくなりバタバタと死んでいく様子は読んでいて辛くなります。また、第十五軍が雨季を過小評価した結果、チンドウィン川を越えて集積された貴重なトラックが雨季で後退できなくなり、輸送隊の隊員たちが車両を破壊して後退したと思われる大量のトラックを発見するというシーンもあります。

インパール作戦以降のビルマ戦線の崩壊は様々な書籍が出ていますが、本書においても著者の部隊から派遣された班を放置して撤退する第十五軍野戦自動車廠の副官や、同じく著者の部隊から派遣された小隊を自らの逃走の時間稼ぎのためだけに、友軍が来ると嘘までついて英連邦軍との戦闘に投入した支廠長などが登場します。これらは単に著者の個人的偏見というわけではなく、後述の『やうちゃの足跡』にも似たようなエピソードが載っていたりします。

なお、著者が所属する部隊について、本書の奥付では第十五軍野戦自動車廠装軌車修理班としていますがこれは誤りで、実際にはビルマ方面軍野戦自動車廠装軌車修理班を率いています。インパール作戦時は第十五軍野戦自動車廠を支援するために派遣されていたようです。なお、インパール作戦失敗後、第十五軍野戦自動車廠はビルマ方面軍野戦自動車廠に吸収されます。このあたりの変遷については、第十五軍野戦自動車廠及びビルマ方面軍野戦自動車廠の戦誌『やうちゃの足跡』(国立国会図書館データベース)で説明されています。


個人の戦記などでメイクテーラへのイギリス軍空挺部隊降下など事実誤認と思われる個所もありますが、値段もそれほど高くありませんし、戦車の整備や整備部隊に興味がある方にも、ビルマ戦線に興味がある方にもお薦めの一冊です。

先日の冬のコミケで頒布した『兵器実験隊-その活動と華南の鹵獲火砲-』につきまして、以下の通り訂正がございます。
購入いただいた方にはお詫び申し上げます。
訂正

いい加減記事の幅が狭い気がしてきたので、ブログのデザインを変更しました。
しかし狭い幅を何となく前提に書いてしまうので、スカスカな感じがしますね…。

さて、タイトルの通り、冬のコミケで本を出します。
スペースは3日目(12月31日(月))の西館、た16b「さわやか工廠」になります。
新刊のタイトルは『兵器実験隊-その活動と華南の鹵獲火砲-』です。

表紙裏表紙

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この本では、日中戦争期に広東(広州)を占領した第二十一軍隷下の鹵獲兵器試験隊である兵器実験隊の活動と、彼らが試験した火砲や車両の概要を紹介しています。
内外の敵に対抗するために、日中戦争期までの中国は多種多様な火砲を輸入したり生産したりしてきました。その結果、20世紀初めのものから1930年代の新鋭火砲まで、様々な火砲が日本軍に鹵獲されました。
戦争や戦闘の趨勢と、個々の兵器の性能は別問題です。兵器実験隊が調査した火砲の中には、鹵獲砲が定数装備として部隊に配備されたボ式山砲(ボフォースM1930 75mm山砲)や、ほぼそのまま模倣して日本軍で九九式十糎山砲として制式採用されたシュナイダーM1928 105mm山砲など、優秀な火砲も少なくありませんでした。さらには、実戦データを得るため広東周辺での戦闘に投入することが研究計画に記されたラインメタル製15cm榴弾砲(ボ式十五糎長榴弾砲)もありました。鹵獲兵器を実験目的で実戦投入…わくわくする話ではありませんか?

今回の新刊は以下の書店さまの通販及び店頭で委託販売していただく予定です。

・とらのあな様
https://ec.toranoana.shop/tora/ec/item/040030694725/

・メロンブックス様
https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=460069

・Hobbymodellbau MAXIM様
http://www.maxim-tank.com/

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当日は、既刊の『現存する日本戦車写真集-インドネシア編-』『武装舟艇隊奮戦記 -広東作戦と陸軍舟艇の一断面-』、それに『ソ連宇宙往還機「ブラン」試験機 OK-GLI写真集』も持っていきます。
ちなみにですが、武装舟艇隊の隊長と兵器実験隊の初代隊長は同じ矢嶋砲兵少佐が任命されています。ということで、この2冊は矢嶋少佐シリーズと言えなくもないかも…?

年末の忙しく、かつ寒い時期ではありますが、興味がある方や近くを通る方はお体に気を付けつつ是非お越しください。

タイトルの通り、夏のコミケで本を出します。
同名記事が増えてきたのでイベント回数をタイトルに付けました。

サークルとしては落選しましたが、スペースは3日目(8月12日(日))の東館、V51bの「カダス戦車博物館」さんで委託していただけることになりました。当日は私も参加する予定です。
新刊のタイトルは『現存する日本戦車写真集-インドネシア編-』です。

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この本ではインドネシアのマランの博物館で展示されている九七式中戦車のほか、ジャカルタ及びバンドンの博物館に展示されているOvervalwagen Braat装甲車の写真を、内部を含めカラーで掲載しています。また、インドネシア駐留オランダ軍が開発し、蘭印作戦で日本軍に立ち向かったOvervalwagen Braat装甲車の簡単な概要についても記載しています。

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当日は、既刊の『現存する日本戦車写真集-フィリピン・マレーシア編-』『現存する日本戦車写真集 -Ropkey戦車博物館編-』も持っていきます。
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また、『ソ連宇宙往還機「ブラン」試験機 OK-GLI写真集』については、3日目の東館、P52bの「寺見屋ラボ」さんに委託する予定です。
夏の暑い盛りではありますが、興味がある方や近くを通る方はお体に気を付けつつ是非お越しください。

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